2月29日、この日は知る人ぞ知る(知らない人は全然知らない)
不二周助の誕生日である。

何分、青春学園中等部男子テニス部の中でも抜群の人気を誇る彼だからして
この日になると(閏年じゃない時は28日に)
その手の女子生徒から大量のプレゼントが贈られる。

しかし沢山のプレゼントよりも彼には待ち焦がれているものがあった。

それは…


一枚の絵
-Shusuke Fuji Birthday Dream Novel-


ファンの女の子達が聞いたらさぞかしがっかりするだろうが、
不二周助にはきっちり想い人が居た。

一体誰かと言えば、それは同じクラスにいるという少女である。

誰もが『何故?』と聞きたがるだろう。

と言えばクラスどころか学年中で有名な無愛想娘だ。
過去に何かあったのか、誰とも接触したがらず、何を話しかけても紋切り型の
言い方ばかりで会話を続けようとしない。

特に男子生徒には異常なほどの警戒心を抱き、運悪く彼女の癇に障ることを
口にした男子はその物凄い怒りに恐ろしい思いをさせられるくらいだ。

見目麗しく、しかも優しい人柄とされる不二とて、その例外ではなかった。

そういうわけでは嫌われていた。

『あいつと関わったらロクなことにならない。』

それが彼女を知るほとんどの者にとっての暗黙の了解だ。

そんなに、どうして不二ともあろう者が想いを寄せるのか、
それは必然の命題だろう。

だが、不二は知っているのである。

は本当は外面だけの人物ではないことを。



不二がに思いを寄せるようになったのは、とあることがきっかけである。

とある日の昼休み、不二は屋上に居た。
教室で同じテニス部である友人、菊丸英二とお弁当を食べた後、
少し静かに休もうと思ってきたのである。

辺りは静かで不二以外に人が居る様子はない。
彼は授業が始まるまでその辺に寝転がっていようと、良さそうな場所を探した。

と、その時だった。

ガサッ

不審な物音に、てっきり自分以外に人がいると思っていなかった不二は
さすがに吃驚した。

一体何かと思って不二はそおっと音がした方を振り向く。
そこには彼が思っても見なかった人物が居た。

さん…

不二は思った。同じクラスのが屋上のフェンスと向かい合って
座り込んでいるのだ。

前々から不二はに関心があった。
すこぶる評判が悪い彼女であるが、不二としてはやはりクラスメイトのことを
ロクに知らずに嫌いたくなどない。

大体、無愛想な人物なら彼の後輩にもいて、その後輩も本当は心根の優しい人物だ。
どうということはないはずである。

だからかつて彼はに話しかけたことがある。

結果は散々だった。

は不二が近づいた瞬間から警戒心丸出し、その上不二の持ち出す話題に
丸っきり反応しない。
極め付けには不機嫌になってしまい、不二はかつてないほどつっけんどんな
扱いを受けた。

普通ならとっくに二度とと関わるもんか、と思ってしまうところである。
しかしそうはならずに、ますます彼女を理解したい、と思ってしまうのが
不二の不二たる所以であろう。

で、今目の前にそのがいる。

不二はふと、の座っている周辺に色鉛筆やクレヨン、あるいは
何かマーカーらしきもの
(それがアルコールマーカーたるものであることを不二が知るのは
少し後のことだったが)
などが散乱していることに気がついた。

そして彼はそれで、がフェンスと向かい合って何か絵を描いているらしいことを知った。

がふと、片手を後ろに回してゴソゴソしだした。
何か探しているようだ。

不二はの手の先から数センチはなれたところにあるマーカーに目を留めた。
もしかして…

思うより先に不二の体は動いていた。

「はい。」

がハッとした様にこっちを向いた。
多分、彼女も誰かいるとは思っていなかったのだろう、普段仏頂面しか
映さないその顔は素直に驚きを映している。

不二はニッコリ笑ってマーカーを拾い上げ、ポカンとしているの手に乗せた。

「これ、探してたんでしょ?」

はコクンと肯いた。
決まりが悪いのか、顔が赤い。

そっと手を出しながら彼女は呟いた。

「有り難う。」

…と。

その時のの顔は、かつて不二が見たことがないほど優しい笑顔だった。

不二はしばし言葉を失ってしまった。

「? どうかした?」
「ううん、別に。」

に不審げに言われて不二は慌てて動揺を押し隠す。

「あ、そ。」

は言うとあっという間に笑顔を消し去り、膝に抱えているスケッチブックに
向き直ってしまった。

さんって絵を描くんだ。」
「んー。」
「何描いてるの?ここのスケッチ?」
「ううん、ここにいるのは単に着想が湧きやすいってだけだから。
何描いてるのかは秘密。」
「そうなんだ。」

受け答えしながら不二は初めて、と会話が成立したことに気がついた。
これは夢ではなかろうか。

「ねぇ、僕、一遍でも良いから君の絵見たいな。」

不二は自然と思ったことを呟いた。

「あんましうまくないよ?それでもいいんなら話は別だけど。」
「何でも良いよ。」

はしばし、うーんと唸って空を見上げた。
数秒ほどそうしてから彼女は言った。

「んじゃさ、不二君よ。君の誕生日にとっておきの絵をあげる。それでどぉ?」

普段誰にも心を開く様子のないあのがそこまで言ってくれることに、不二としても異論などあるはずがなかった。

「決まりだね。君の誕生日、いつ?」
「2月の29日だよ。」
「わかった。」

は言った。

「絶対その日に私の絵、あげる。」
「待ってるよ。」

それから不二は授業が始まるまでの側に座って、時折画材を手探りしている
彼女の手に、色鉛筆やクレヨンを渡してやっていた。

大したことないはずなのに、そこはかとなく幸せだった。



以来、不二はに惹かれるようになった。

は皆がいるところでは相も変わらず無愛想を貫き通したが、昼休みに
絵を描いている時は側に不二がいることを容認した。

彼女にしてみれば作業中にだんだんバラバラになってしまう画材達を渡してくれる
不二は重宝だっただけかもしれない。
しかしそれでも不二は普段とは違うを見れることに、それも唯一自分だけ、
というところに満足を感じ更にがたまにポツリポツリと話すその内面から
彼女に対する理解が深まっていつの間にか思いを寄せるようになった。

は本当は誰よりも傷つきやすく、優しすぎるくらいの人物だ。

それを知った時、不二がどれだけ胸の高鳴りを感じたことか。

…そして、今日は約束の日。

が、不二にとっておきの絵をくれると言っていた日だ。

その昼休み、不二は内心落ち着きがなかった。

今日はが1人で居たいから、と言っていたために彼は1人教室の
自分の席に座っていた。
多分、はまた屋上でしこしこと作品作りに取り掛かっているに違いない。


ちゃんと、約束守ってくれるよね。

不二はボンヤリと思う。
別にには念押しをしていない。
いちいち言わなくてもなら大丈夫だろう、と不二は踏んでいた。

まだ、は何の行動も起こしてくれてなかったけど。

大丈夫だ、あの子なら。

休み時間、空になっているの席を見つめながら不二は思った。

きっと約束どおり…。

「ふっじー、さっきからにゃーにの席チロチロ見てるのー?」

菊丸が寄ってきた。

「別に、そんなことないよ?」
「怪しいにゃぁ、もしかしてー、のこと好きとかー?」

きっちり図星をつかれてたが不二は何でもないふりをした。

「って、まさかね。」

不二の思うところなぞ知らない菊丸は自己完結した。

「あんにゃ無愛想でつっけんどんなの、不二が好きになるわけないよねー。」

何も知らないくせに、と珍しく不二は内心でこの友人に恨み言を言うと
話を別のことにすり替えた。
これ以上のことを悪し様に言われたらたまったものではない。

どうしたんだろ、後1分で昼休みが終わるのにさんはまだ帰ってきてない。

菊丸と話しながら不二は落ち着かない気分になってきた。

結局、その休み時間には不二が一番欲しい誕生日プレゼントは受け取れなかった。

は珍しく授業に遅刻して職員室から持ってきた入室許可証を先生に
突き出していた。



そうしていつの間にやら部活の時間になり、また女の子から大量のプレゼントを
貰って、(大半はお菓子だったので桃城に処分を手伝ってもらった。)
でも相変わらず一番待っているものは来なくて、
不二は少々不安になってきた。

まさか、さんは忘れてしまっているんだろうか。

人を騙せるタチじゃないのは知っているからそれはないと思うが、
もしかして気が変わってしまったんじゃないだろうか。

そんな思いが頭をもたげる度、そんなはずない、と自分に言い聞かせはするが不安は早々消えるものではない。

早くしないと、自分も部活が終わって帰宅する時間になってしまう。

だがしかし、彼が部活に励んでいる最中でさえ、は姿を見せなかった。


…時は非情にもそのまま過ぎ、部活は終了した。

不二は夕暮れの学校を、校門までトボトボと歩いていた。

結局、今日一日、さんは来なかったな。

不二にとってはかなりがっかりな話である。

楽しみにしてたんだけど…。

もっとも、絵を描くというのは時間と労力が要ることだ、が単に今日に
間に合わなくて明日渡そうと思っているということも充分あり得る。

それでも、

不二は柄にもなくちょっとため息をつく。

手にした大きな紙袋がズリズリと地面をこする。

中には勿論、処理しきれなかったお菓子類が詰まっている。
見た目はともかく、鍛えている彼にとって本来あまり問題のある重さのないそれだが、今日に限ってはそれが妙に重い気がする。

そんな不二が校門を出ようとしたその時だった。

「おーい!!」

聞きなれた声に不二はハッと振り返った。

「…さん!」

向こうから走ってくる姿を見て不二は呟いて、足を止めた。
そのまま待っているとは運動部ではない割に結構なスピードでドタバタと
不二の元にやってきた。

「ゼハァッ、ハァッ、ヒィッ、よかった…追いついた…もう間に合わないかと思った…」

肩で激しく息をしながらは顔を上げた。
相当必死で走ってきたのだろう、その顔は熱があるんじゃないかと思うくらい
真っ赤だった。

さん…」
「不二君、」

無理矢理息を整えながらは言って、手にした何かを不二の鼻先に突き出した。
不二はそれを片手で受け取った。
リボンで飾られた紙の筒だ。

「遅くなって御免、ハァ、約束の、やつ、さっきやっと出来たの…」

そしてはニッコリと笑った。

「お誕生日、おめでとう!!」

不二は目の前が明るくなった。

さん、」

ドサドサッと不二の手から紙袋が、肩からはテニスバッグが落ちる。

「有り難う…!!」

不二は思わず目の前のの肩に両腕を回していた。

「!!ちょっと不二君?!」

は声を上げるが不二は取り合わない。

嬉しかった。ひたすら。
言葉になぞできないくらいに。

そのまましばし不二はを抱きしめたまま離さなかった。



家に帰ってから不二はがくれた紙の筒を開いた。

『中は家に帰ってから見てね。』

がそう言っていたからだ。

リボンを解き、不二は綺麗に巻かれた紙をするすると延ばす。

「うわぁ。」

不二は思わず感嘆のため息をついた。
A4サイズ程の紙に描かれていたもの、それは…

吸い込まれそうなくらい澄んだ青い空を背景に、極上の笑みをたたえた1人の天使だった。

「凄いや、描くのに時間が掛かったはずだね。」

不二は呟いた。

まるでの心を映したかのように微笑む天使を満足げに見つめていた不二は、
ふとその天使の足元にごくごく小さな金色の文字で何か書かれていることに
気がついた。

   Certainly you don't know how I love you.
   'Cause you always look at the top of your dream.
   So I send you this picuture with my fragmnetal words.
   I wish your dream comes true.
                   With all of my love,

   (君は間違いなく私が君の事を好きだとは知らない。
   だって君はいつも自分の夢の頂上を見ているから。
   だから私はこの絵を君に送る、バラバラな自分の言葉と共に
   君の夢が叶うことを祈って。かしこ。)


不二はこのつたない文字の列を見て微笑んだ。
は、約束を守る以上のことをしたのだ。

それが不二にとってどれだけ大きなことか。
言うまでもあるまい。


…数日後、青学ではあの不二周助が、あのと付き合っているという噂で
3年生中が大騒ぎになった。

2人を近づけてくれた一枚の絵は、今も不二の部屋の壁に飾られている。

-The End-



作者の後書き(戯言とも言う)

不二少年誕生日ネタでした。

何か誕生日っぽくない気がしますが、私の精一杯であります。
実は一度、ある程度まで書いていたのですが途中でシナリオが気に入らなくてそれを廃棄し、書き直してたり。

まー、そんな製作裏話はともかく撃鉄初の誕生日ネタを今読んでくださっている方々に感謝を捧げます。
有り難う御座いました。m(__)m

あ、ちなみに文中の英文はかなりいい加減なので信用しないことをお勧めします(^_^;)


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